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ビートルストーリー つづき

次に急いでセカンドレコードを出さなければならなかった。

そしてハウドウーヨードウーイットを聞かせたが、ビートルはオリジナルをやりたいと言ったが、

録音させられる、だがやっぱりオリジナルがいいと、いいだしプリーズミーのシンアレンジを

ジョージマーテインに聞かせると、いいじゃないかという事で録音が始まった。

みん名は生き生きとして見事なセッションだった。つづく







今日のリンクは、ダビデの星
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ビートルストーリーのつづき

ジュージマーテインの彼らに対する印象はかなり清潔感に溢れており、当時はショッキングなヘアスタをしていた。

でも最も魅力なとこは彼らの人の注意を引くパーソナリテイーだった

意気投合したあとジョージハリスンがしきりに喋っていた、

そして62年11月には、4回目のハンブルグ公演に行き、セカンドシングルのために帰国し、またハンブルグへと戻った

スタークラブで一年を終える。290日のステージをこなした年だった。

10月4日に発表されたラヴミードーはEMIは何の宣伝もしなかった、マネージャーが自腹で買い取ったおかげで17位になる。

またプレス数も少なく地元のリバプールがほとんどの売り上げを収めていた。

レコード会社も制作出版社も援助は無しだったのでブライアンエプスタインは不満に思い

出版社をアメリカの会社に変えようと主張したが、上手くジョージマーテインに言われやめた。

つづく




今日のシンクは、ホラー心霊、幽霊恐怖

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ビートルストーリーの続き

契約と共にレコーデイングがやって来た。

マネージャー エプスタイインは頭の痛い問題があった、

ピートベストを首にして、リンゴスターを加入させると言う難題

それとジョンのデキ婚の事。

ピートは金がものを言ったが、、、、

彼ら夫婦はひっそりと結婚した。

9月4日火 あれから90日後デヴューシングルの2曲を録音

ミュージシャン組合の規定に従い録音がはじまった。

この時代はミュージシャンもネクタイをし、スタジオの社員は白衣だった。

未熟だったビートルはここで色々と教わり音楽に対する情熱がもっと加速していく始まりだった。

(以前の過酷なドイツのクラヴでの修行の裏には覚醒するアンフェタミンをコーラとアルコールでドロドロに溶かしたものを飲んで、一晩中演奏をしていた。

バーテン、ウエイトレス等と当然仲良くなって青い錠剤(ピル)を貰っていた。)

レコーデイングはhow do you it とlove me do

ビートル達はA面にはラヴミードウーをと言い張り、何も失う物が無いジョージマーテインはその通りする。
つづく





今日のリンクは、恐怖のホラーサイト

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ビートルストーリーつづき

ジョージマーテインは早急にビートル向きの曲を見つけなければならなかった

彼らの能力だは売れる見込みはなかった

7月に非常に難しい契約をマネージャー エプスタインに申し出る

最初の1年間に4曲録音

レコード(シングル)両面の売り上げにつき1ペニーの印税をビートルとブライアンエプスタイン5人で分ける

こと、1年増すごとに一段階ずつ印税を増して5年後には2ペンスになる仕組みを作った

先5年間EMIと契約続行すると言う取り決めだった

そーしてビートルたちはレコーデイング契約を手に入れた

ジョージマーテインがいなければいずれバンドは解散していただろう。つづく




今日のリンクは、アゼツライト

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ビートルストーリー

ジョージマーテインは実に平凡なデモテープを聴いたがそれほどではなっかた。

しかし初めて出会ったビートルのユーモアと人間性に惹かれいよいよキャバーンクラブへ足を運ぶ

穴倉キャバーンは溢れかえるテイーンズたちが座り込んで、壁は水滴がしたたり客達が

感電するぐらいの凄いとこだった、汗と水蒸気が充満していたのだ

ビートルはアメリカのロックンロールをカバーして耳障りなサウンドでプレイしていた

観衆はサウンドに一瞬一秒にのめり込んでいるようだった

今まで一人以上の人間が歌っていることも当時は特殊なことであった

これで誰がリーダーとか言う今までのものとは違う企画はずれのグループだったので

マーテインはグループとしてデビュー作戦を企てることになる。
つづく

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ビートルストーリー つづき

無事にセッションは終わる、ビートル達はスタジオの奥の隅に固まっていた。ジョージマーテインは

トークバックで話しかけ、コントロールルームに呼び入れてテープを聞き返したり

色々技術面について話した。

マイクの事とか しかし彼等はだらけて、ジョンはスピーカーに腰掛、ジョージは床に座り込んでいた

ノーマンスミスはレコーデイングアーテイストになるにはどう改善すべきかちかウンチクいい議論しようとしたが

何も答えずただ黙って、うなずくこともしなかった

ジョージマーテインは喋るだけ喋って

我々は君達のために時間を割いているのに、なんの反応も示さない

いったい何か気にいらないことでもあるのか? と

ビートルは長い間顔を見合わせてモジってた

するとジョージハリスンが(あんたのネクタイが気に入らない)と答えた

それおきっかけに15~20分 冗談を連発してジョージマーテイン達は笑いっぱなしだった

彼らが帰ったあと「全くまいったね」と涙が出るほど笑った なんて話した(ノーマンスミス)

肝心の音楽は、特に良くも無く悪くも無く だった

そしてジョージマーテインはキャバンクラヴへ見に行くことになる、、、、つづく


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ビートルストーリーつづき

気を取り直したビートルは4月10日に3回目のハンブルグ公演に行く

一度も飛行機に乗ったことのない彼らは飛行機のハンブルグ行きに大はしゃぎ

エプスタインをマネージャーにした事を喜ぶ

胸弾むビートルを待っていたのはステュ死亡の知らせだった

全員がうな垂れる中、ジョンは一人ばか笑いを続けた

彼の持つ複雑な家庭環境で育った家庭で身につけた心をカモフラージュする手だった

ステュを失った悲しさでステージでは何時も増して突飛な行動に出た

便座をかぶったり、ブタを買ってきて首輪をつけて散歩したり

一方エプスタインの売り込みは続いていた

レコード会社回りは芳しくなかったが

ひょんなことからチャンスがやって来た

売り込みの為にテープ(昔なのででかかった機材)を持ち歩くのは大変だったので

レコードにする為にロンドンのHMVレコードセンターに行く

そこの担当者がサウンドに興味を示し、ビルの最上階にあるEMI系列の出版社の

マネージャーを通してEMI傘下のパーラフォンのディレクター ジョージマーティンを

紹介してもらう。

再度オーデションチャンスがやって来る。

つづく


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ビートルストーリーつづき

ブライアンエプスタインはリヴァプールで家具チェーン店を経営している資産家の息子だった

この当時はネムズレコード店を任されており。ある時 数人のヤングがビートルズの
マイボニーを買いにきた。

在庫は無かったが耳慣れぬグループに興味を持ち、近くのキャバーンクラブで
ビートルズのライヴを観て一目ぼれする。

幾度となくキャバンに通い12月3日に彼らを事務所に招いてマネージメントを申しこんだ

12月10日に仮契約、翌年の1月24日に正式契約をした。

そして地方のレコード店オーナーの肩書きが有効に作用する。

1月1日デッカレコードでオーデションを受ける。

初のレコード会社オーデションとあって、ビートルはあがりまくって実力を発揮出来なかったが、

担当者の反応は良く 期待をしてたが3月に来た通知は不合格だった。

これでデッカレコードは一生悔やむことになる。 つづく***

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ビートル ストーリー4

1961年5月になると 大きなチャンスが到来、トップテン出演者のトニー シェリダンのバックバンドとしてポリドールと3年間のレコーデイング契約を結ぶ

6月にドイツでマイボニーを発表、ステユは音楽的才能の限界を感じ脱退し、ポールがベース担当となる。

映画バックビートでこの時の事が観れる。

ハンブルグとリヴァプールで着々と人気を得る、14週間のハンブルグ公演を終えてキャバンで活動

11月9日にキャバンクラブへ1人の紳士が現れる、彼こそ敏腕マネージャー ブライアン エプスタインだった. つづく

今日は、ブートのレヴューもします。
若き日のビートル

1960のビートルたち
hallelujah I love her so
one after 909
I'll allways be in love with youyou'll be mine
matchbox
wildcat
somedsys
looking glass
I'll follow the sun
one after 909
well darling
you must write every day movin' groovin t
hat's when your hartaches begin
hollo little girl
world is waiting for the sunrise
that'll be the day
sweet georgibrown
I saw her standing there
red hot

若き日のビートル2



家での練習風景が16曲 ステユ サトクリフがベースと謳っています

何曲かはアンソロジーシリーズに収録されています。

京都の中古レコード屋で1000円でした。

音質はこんなもんでしょう聞けますが良くはないです。

ダイヤモンドの原石と云う様な代物で資料的なものです。

1958年、1960年、1962年、1962年ライヴ

まぎれも無くポールの声だったりジョンの声が聞けます。

若き日のビートル3

で、なにが凄いかと言うと、
よく まぁ こんなのもが出てきたという事です。
誰が持っていたんでしょうかね?

オークションなんかで誰かが出品!
落札!こうしてブートレッグになる!

そういえば、ジョンとポールが初めて出会った頃のライヴ音源もブートでありますが
凄いというより奇跡とでも言うのでしょうか!

なんとも言えませんね!!
つづく



今日のリンクは、夏だホラーだ!心霊

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